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「1982年11月14日、ダイヤ大改正前日の上野駅」

文・写真:松尾よしたか

鉄道趣味界、特に写真撮影をする人たちの間では、いろいろな列車の「ラストラン」が話題になります。やはり、長い歴史を駆け抜けてきた列車が消えるのは寂しく、最後の姿をしっかり記録しておきたいと思う人が多いのでしょう。

181系最後の定期列車、「とき23号」が上野駅を発車する瞬間。興奮も頂点に達した。 '82.11.14

 

近年の例では「北斗星」や「カシオペア」なと、特定の列車のラストランが一種の騒動にもなっているのですが、かつてはダイヤ改正に伴い多数の名列車が一挙に廃止されるという、「大事件」が起こることもありました。その代表的な例として挙げられるのが、1982(昭和57)年11月15日の国鉄ダイヤ改正です。この年は6月23日に東北新幹線大宮~盛岡間、11月15日に上越新幹線大宮~新潟間が開業し、それぞれと並行する東北本線や上越線などの優等列車の多くが役目を終えるのでした。東北新幹線開業時点の在来線では、上野~盛岡間の特急「やまびこ」の廃止、上野~仙台間の特急「ひばり」の本数削減といった小規模な改正があっただけで、本格的な列車改廃は上越新幹線開業時にまとめて実施されたのです。

上野駅の電光掲示板に現れた、在来線特急廃止を告げるメッセージ。 '82.11.14

 

 その結果11月15日の通称「57.11改正」は、上野発着の在来線優等列車にとって大打撃となります。特急だけでも「はつかり」「ひばり」「北星」「とき」「はくたか」「いなほ」「みちのく」の7つの名称が、列車の廃止や区間短縮により上野から姿を消したのです。これらの特急のダイヤ改正直前の運転本数は合計34往復。ほかにも急行の削減、常磐線および高崎線に残っていた普通客車列車の廃止もあり、上野駅は一夜にして激変します。

特急「ひばり」の下り最終列車が間もなく発車。前面の装飾はホーム入線後に貼られた。 '82.11.14

地平ホーム15・16番線の端部を埋め尽くした少年たち。現在では考えられない状況である。 '82.11.14

 

 ダイヤ改正前日、11月14日は上野駅では終日ラストランのオンパレードが繰り広げられるのでした。特に注目されたのは、上野~新潟間で1962(昭和37)年から運転されていた特急「とき」。9月から1往復が運休となり、以後13往復体制で運転されていましたが、ダイヤ改正で廃止され、名称は上越新幹線に引き継がれます。181系と183系の列車があり、前者は「とき」が最後の運用となります。

隣の鶯谷駅のホームでも、多くの人が消え行く在来線の列車を撮影。これは181系を使用した最後の上り列車、「とき14号」。 '82.11.14

 

 当時は少年たちの間で「特急ブーム」が盛り上がっていたこともあり、11月14日はまだ早朝の暗い頃から、人が集まりはじまるのでした。高架と地平の各ホームで、次々と「ラストラン」の列車が発着するため、まさに駅全体が空前大フィーバーという様相。それが終わったのは23時台と、長く熱い1日でした。

信越本線経由福井行きの夜行急行「越前」は、ダイヤ改正で14系化のうえ金沢まで延長、「能登」に改称された。最終日は移り変わりダイヤのため金沢行き「越前」として運転。また、この改正で上野駅から10系寝台客車も姿を消した。 '82.11.14

 

 国鉄およびJRでは幾度もダイヤ改正をしていますが、57.11改正ほど多くの列車が同時に姿を消した例は、その後一度もありません。今から35年も前のことですが、記憶が鮮明な方も多いのではないでしょうか。

盛岡行き寝台特急「北陸」もラストランとなった。この列車が22時54分に7番線を発車し、23時5分に隣の6番線に「とき」の上り最終28号が到着すると、ダイヤ改正前日の大フィーバーもようやく終わる。 '82.11.14

 

 国鉄およびJRでは幾度もダイヤ改正をしていますが、57.11改正ほど多くの列車が同時に姿を消した例は、その後一度もありません。今から35年も前のことですが、記憶が鮮明な方も多いのではないでしょうか。

 


【プロフィール】松尾よしたか

鉄道や鉄道模型、旅行など記事を手がけるライター。1962年生まれ、東京都在住。国鉄の現役蒸気機関車を末期に辛うじて見られたものの、ほとんど写真を撮れずに悔しい思いをした。その後は国鉄を中心に全国各地の鉄道を訪ね、近年は雄大なスケールのアメリカの鉄道に魅せられている。